中3になってから同じクラスになった隣の席の女の子の鞄には、いっつも飾りがついとった。

青とか水色とか、涼しそうな色のビーズで作ったなかなか洒落たストラップ。
ビーズの一個一個が表面がすりガラスみたいになってるんがますます涼しい感じがして、
今年みたいにクソ暑い夏にはピッタリやな、と柄にもないことを(おも)てたもんや。

ある時、気まぐれに、それどこで()うたん?、って聞いたら、その子は笑って

『自分で本見ながら作ったんだよ。』

と言うた。

俺がふざけて、ええなぁ、俺にも作ってぇなって言うたら、その子はあっさりと

『いいよ。』

と言うてくれた。


……その子は、 というた。



ガラスの飾り玉
ガラスの飾り玉



折りしも、時はもーすぐ夏休みが始まるような時期やった。

「今日もあっついなー。」

休み時間、の席の側に座り込んで俺は呟いた。

「うん。でもまだマシじゃないかな。」
「そうかぁ?今日かて東京で39度あるって話やねんで?何で東京はこない暑いねん…」
「だって氷帝は空調あるから少なくとも教室は涼しいじゃない。私、公立のガッコに友達いるけど職員室以外に
 エアコンなんかありゃしないから授業中なんか死にそうだって言ってたよ。」
「まー、そない考えたらそうやけどなぁ…」

言いながら、俺はの手元を見る。

はワイヤーの先っちょで青い缶の蓋からちっちゃいビーズを一個
ひょいっと拾いあげてた。

はいつも学校にワイヤーやらビーズを入れた瓶やら要る道具を入れた青い四角の缶を持ち込んでて、
何か作る時は缶の蓋にビーズを要る分だけ広げてそっから使う色を何個かワイヤーで(ひろ)ては
ワイヤーをキュッとしめて形を作っていってる。

は器用やと思う。
まあ、うちの後輩にはボトルシップなんぞを作るもっと器用な奴がおるけど、あんな細かいガラスの玉拾て
これまたほっそいワイヤーにさっと通していってるっていうのもなかなかのもんちゃうやろか。

俺も自分でそない不器用とは思わへんけど、こんな細かいこといちいちする気になれへんわ。

それを学校の休み時間にしてるいうんはちょっと…いや、大分に変わってると思うけどな。

せやけど考えてみたら学年が始まった時からはずっとこういう奴やった。

休み時間になるとほとんど誰とも喋らへん。代わりに何かにつけてコチャコチャを物作ってる。

4月はキャラメルの銀紙で大量の鶴を折ってた。
5月は鈎針で編みモンをしてた。
6月はチビた消しゴムにカッターでチマチマと花とか葉っぱとかの模様を彫っていた。

何で俺がそんなしょーもないことを知ってるかいうと、休み時間に机に突っ伏しながら
(こないしとかんと女子が寄ってきてやかましからな)こっそり隣の席を盗み見してたからや。

どーでもええことやけど。

「あー、こない暑い中今日も部活か思たら気ぃ滅入るわ。」
「運動部は大変だね。」
はどっか部活入ってたか?」
「入ってないよ。入りたいとこがなかったから。」

は言ってワイヤーの先に水色のビーズを3つほど通す。
通す手つきはすがすがしいほど素早い。

「そーなんや。ほなうちで何してるん?」
「本読んだり音楽聴いたり今みたいにモノ作ったりしてるの。」
「そーかぁ、俺も暇あったら映画見に行きたいなー。」
「映画?ポケモン?」

ドテッ!

「アホかっ、何で俺がポケモン見なアカンねん!」
「ゴメン、私映画あんまり見ないからそれくらいしか出てこなくて…」
「自分、時たまとんでもないこと言うなー。」

俺はやっとのことで床から這い上がった。
やれやれ、うっかりこけてもたやないか。

「あ、でもSense and Sensibilityっての見たことあるよ。ヴィデオでだけど。」
「何や、それ。」
「原作はイギリス文学なんだって。ジェイン・オースティンって人の。」
「ほな俺の守備範囲ちゃうな。俺はラヴロマンス専門やから。」
「ふーん。」

は今一つピンと来てない声を出してまた新しいビーズを通す。

「何か忍足がラヴロマンスとか言ったらお笑い劇場になるね。」
「待たんかい。」

俺は思わずに突っ込みを入れる。

こんな俺、傍から見たら有り得へんやろな。
特に同じテニス部の奴には見せられへん。(何言われるかわかったもんやない)

せやけど、とこうして休み時間を過ごすんは嫌いやなかった。

何でやろか、こう、落ち着いた気分になれる気ぃして。





昼休みの時は、俺はと一緒におらへん。
おんなじテニス部でダブルスパートナーの岳人とか、これまた同じ部の宍戸とかと一緒に屋上で弁当を食べる。

今日もそうやった。

「侑士ー、聞いたぞー。」
「何や岳人。」

俺は弁当のおかずをつまみ上げながら隣に座ってるパートナーをチラと見た。
誰もが知ってるおかっぱ君は何かニヤニヤしてて、あんましええ予感がせぇへん。

「お前最近、にご執心なんだってなー?」
「ハァ?」

俺は呆れて、一瞬おかずを口に入れるんを忘れてもた。

誰が誰にご執心て? 聞き間違いか?それとも暑さでやられたんか、俺?

「お前、藪から棒に何言うてんねん。」
「照れんなよー、ここんとこずっとと喋ってばっかなんだろー?うちのクラスでも女子連中が嘆いてたぜ。
 忍足君があの変人女のとこに入り浸ってるって。」

それを聞いて俺が思わず長い長いため息を吐いてもたんは言うまでもないと思う。

「あのなぁ、お前らはそーゆー方向にしか頭行かへんのか。別に俺とは何でもないで。
 最近、友達にはなったんは事実けどな。」
「何でぇ、つまんねぇの。」

膨れっ面をする岳人にそれまで黙ってた宍戸がきっちり決まり文句を吐く。

「フン、んなくだんねぇことに振り回されるなんざダセェな、激ダサだな。」
「言ったな、この唐変木!」
「あんだと向日、テメー!」
「だあぁぁぁっ、2人ともやめろや!!」

俺は危ういとこで乱闘に入りそうになった岳人と宍戸の間に割ってはいる。
ったく、こいつらと来たらすぐ熱なるんやから。

こいつらに限らず、俺の周りはこんなんがやたら多い気ぃするけどな。

「お前らなー、昼飯くらい穏やかに食えや。ホンマに、こんなんやったらと食べりゃよかったわ。」
「やっぱりご執心じゃねーか。」

あまりにも岳人がいらんこと言うもんやから、さすがの俺もこいつの頭をバコッと一発いかなアカンかった。


† † † †


昼飯を食い終わって、教室に戻ってきてみたらはまたビーズと格闘してた。

一体どれくらいやってたんやろか、始めはあんまりマトモな形をしてなかったビーズとワイヤーは
いつの間にやら1つの模様を成してる。

「へー、ちょっと形になってきたんやな。」
「! 忍足。」

はどうも俺が戻ってんに気づいてなかったらしい。
手を止めて、目を丸くしてる。

「えらい進んでるけど、お前昼飯食ったんか?」
「食べたよ、ちゃんと。」
「どうせ量少ないんやろ。」
「今日はコンビニのおにぎり3つとサラダ。少ない方かもね。」

……いや、それは女子にしては多いんちゃう?

「10分以内でたいらげちゃったから。」
「早食いやなぁ、体に悪いで。」
「だって早く進めたいし。」
「そら俺としては嬉しいけど…」

俺は呟きながらが作業してる横に座り込んだ。

いや、別にさっさと自分の席に戻ってもええねんけど(すぐ隣なんやし)
やっぱりこないするんが好きやねん。

(おも)てたんやけど、」
「何?」
て物作ってる時ごっつ嬉しそうやな。」
「そう?」

ビーズを通す作業を再開したは、目だけ俺の方に向ける。

「そうやって。鶴折ってる時かてなんか楽しそうやったで。自分で気づいてへんのやろけど。」
「何でそんなくだんないこと知ってるの?」
「見てた。こっそり。」
「物好きだね。」

は言って青い缶からビーズの入ったちっさい瓶を取り出す。
中にはが鞄につけてるストラップのと同じ、青とか水色とかのすりガラスのビーズが詰まってる。

どうも使(つこ)てるうちにビーズがなくなったらしく、
は瓶の蓋を開けて、中身をちょっとばかし缶の蓋の上にこぼした。

小さい小さいガラスの飾り玉は、サラサラという音を立てて蓋の上に広がっていく。

「忍足。」

今度はが先に喋った。

「どうしてあの時私に話しかけたの?」

えらい唐突な質問やったから、俺は内心慌てた。
何でそんなけったいなこと聞くねん、こいつ。

「別に…おっきいワケなんてないけど。まー、ちょっとがどんな奴かなぁって思たから…。
 何でや?」
「今までに私に話しかける人なんていなかったから。まして男子となると、ね。」

お前、一体今までに何があったんや。こっちが心配になってまうわ。
そういや、さっき岳人が『変人女』とかなんとか言うてたけど。

「お前、他人が自分に興味を持たへんって思てるんか?」
「だって私、変人だし。」

俺は一瞬絶句してもた。

ちょお待てや。何自分、しれっとした顔で言うてんねん。
それって自分で言うことちゃうやろ。

「あのなぁ。」

俺は言うた。自分でも知らんまに声がえらい不機嫌になってる。

「おかしなこと言うなや。お前、自分を何やと思てんねん。」

俺の発言には目を丸くした。
もしかして、こんなん言うたんも俺が初めてなんやろか。

「お前はお前のままでおったらええやないか。な?」
「うん。」

その時のの『うん』はごっつ嬉しそうで、俺は言うて良かったかもしれへん、と思た。

……別に思い切り笑たの顔が思ってたより可愛かったとかそんなんちゃうで。
念のため言うとくけど。





事が起きたんは俺が部活終わって、正レギュラーの連中と一緒に帰ってる時やった。

「あー、今日も疲れたー。クソクソ跡部、いっつもやりすぎなんだよ!」
「ああ?テメーがヤワなだけなんだろが、バーカ。ちったぁ鍛えるこったな。」
「てめ…!」
「やめとき岳人、相手にするだけ無駄や。跡部も、優しいこと言われへんのやったら黙っとけや。」

ホンマにこいつらはしゃあないな。ま、跡部の場合は岳人に限らず色んな奴にいらんこと言うけど。

「そーだ、侑士。この前貸したジュース代返してくれよー。」
「アホか、何で歩いてる今頃言うねん!部室におる時に言うてくれたらええやないか、ややこしい。」
「仕方ねーだろ、今思い出したんだからー。」
「ホンマしゃあないなー、後でちゃんと返すからちょお待て。今財布出したらどっかの俺様にぶつかるからな。」
「ぶっ飛ばされてぇか、テメェ。」

何かこめかみに青筋立ててる約一名に『冗談やって。』と言いながら
俺はふと、自分らの前を誰かが歩いてるんに気ぃついた。

部活帰りやろか、どうも女子生徒らしい。
何かがっくりしてるみたいに背中を曲げて、ノロノロと引き摺るみたいに歩いてる。

「あんだ、あの女?猫みてぇに背中曲げやがって。」
「何か、足元がおぼつかないですけど…大丈夫でしょうか?」

跡部や後輩の鳳が口々に言う中、俺はそれが誰だかすぐにわかった。

!」

名前を口にした途端、前を歩いてた女子生徒は足を止める。

俺の後ろで岳人が『またかよ』とか言うてるんが聞こえるけど無視や無視。

そんで、その子がこっちを振り向いた時、俺が間違ってへんことが証明された。

「忍足…」
「どないしたんや。」

俺はのとこに駆け寄った。

あー、背後のギャラリーがやかましー。

「お前、部活入ってへんのやろ?こない遅くまで残って…もうえらい時間やで。」
「そーなんだけどね…」

は困ったように右手を頭にやった。

「失くし物しちゃったの。」
「失くした?何を?」

聞いたらは暗い顔をする。
次に聞こえたんは、ハアァァァという大きなため息やった。

「忍足の為に作ってるのに使ってるビーズの瓶。」
「あの青いのがいっぱい入ってるやつか。」

俺の脳裏に今日が手にとって蓋を開けてた小瓶の映像が蘇る。

「せやけど、昼休みまではあったやないか。お前使てたやろ。」
「そー。五時間目は音楽で移動教室だったし、六時間目だって教室に戻る時間のせいで全然使ってないのに
 気づいたら消えてたの。」
「お前いっつも道具カンカンにしもてるやろ、入れるの忘れたんちゃうんか?」
「有り得ない。昼休みに確かにカンカンに入れた。」

はキッパリと言い切る。

俺は首をかしげた。

おかしいなぁ、の言うてることが勘違いやなかったら何で瓶がどっか行くんや?
何か、嫌な予感がするんやけど気のせいやろか。

「ま、そういうことでさっきまで教室中探し回ってたワケ。」

は事もなげに言うけど、落胆してるんは明らかで。

「見つからなかったらちょっとキツいんだけどね。おんなじビーズ、最近近所に売ってないし。
 せっかく忍足に作ろうって思ってたのに途中になっちゃうし。」
…」

何か、が泣き出しそうに思えて俺は思わず言うた。

「大丈夫やって。多分、明日の朝には見つかるやろ。俺も探しといたるから。」
「うん…」

(わろ)てるけど力ない感じや。

「じゃ、私帰るから。足止め食わせてゴメン。」

言われてみれば、背後で正レギュラー達が遠巻きにこっちをじっと見てた。

お前ら、いちいち律儀に待ってたんかいな。それも跡部まで。

「またね。」

はくるりと身を翻して、小走りに去っていってしもた。
後には俺と、仲間達だけが残る。

何とも言えん気分で戻ったら早速跡部が口を開いた。

「随分と待たせてくれたな。告られでもしたのかよ?」
「やかましわ、アホ。」

多分跡部には悪気はないんやろうってわかってても俺はムッとして言うた。

「そんな程度やったらこない困るかい。」

俺の頭ん中は、が泣いてたらどないしょう、ということで一杯やった。


† † † †


仲間と別れて家に帰る途中も、俺はずっと今頃はどないしてるやろか、と考えとった。

道の途中で泣いてへんやろか、もしかして一緒に帰ったった方がよかったやろか、とか。

ようよう考えてみたら最近喋るようになったばっかりののことを、
何でこないに気にしてるんか自分でもわからへん。

せやけど、ここしばらくずっと嬉しそうにビーズを弄ってるを見てたせいか
それを阻害されたんがメッチャ癇に障ってしゃあなかった。

もし誰かがわざとのビーズをどっかやったんやったら…

俺は思た。

絶対、シバいたるからな。






は相当必死やったらしい。

次の日の朝、部活の朝練の時に岳人が校門でを見かけた言うてた。

はどこの部にも入ってへんからこない朝早くに学校に来る必要はないハズやのにそうしてるってことは
多分、教室に人がおらんうちに探し物をするつもりなんやろな。

見つかるとええんやけど。

「おい、ゆーし!」

いきなし岳人に呼ばれた。

「あー、何や?」
「何やじゃねーよっ、早くサーブ打てっての!練習になんねーじゃん!」
「ああ、ゴメンゴメン。」

俺は謝りながらボールを投げ上げた。

「侑士。」
「何や、今度は。」
「またのこと考えてるだろ。」

俺は岳人に返事をする代わりに、思い切りボールを打った。

「何でそんなに気にすんだよ。」

俺の球を打ち返しながら岳人が更に聞いてくる。

「知らんわ。」

俺は答えた。

「自分でもわからへん。」

せや。自分でもわからへんもん、どないして他人に説明せぇ言うんや。

せやのに岳人は、ホントにわかってねーのかよ、と首をかしげた。


† † † †


朝練が終わって、教室に行ったらは席に座ってボンヤリと窓の外を見てた。

様子から見て、探しモンが見つからんかったんははっきりしてる。

。」
「あ、忍足。」

声をかけたらはお早う、と小さく言う。

の手は動いてない。
ただ机の上に置いてあるだけや。

いっつも手を動かしてるばかり見てるせいか、今みたいに動いてないとなんか
自身が止まってしもてるみたいに見えた。

「ゴメンね。まだ見つからないの。だから…」
「謝らんでもええ。元々、俺は冗談で言うたんやしな。」
「でも…」
「ええって。」

俺はの頭をポスポスと叩いた。

後ろで女子連中がそれ見て騒ぎまくるけど、俺はそいつらを一睨みして黙らせる。

「忍足?」
「気持ちだけで充分や。」

せやから、そない泣きそうな顔すんなや。

俺を見上げるの表情を見てそう言おか思たんやけど、言葉はうまく出ぇへんかった。

……ホンマに何で俺はこいつをこんなに気にしてるんやろか。


で、その日の昼休み、俺は柄にもないことをやってもた。

。」
「ん?」
「昼飯一緒に食おうや。」

言うた瞬間、背後から悲鳴みたいな声がしてごっつやかましなった。

当のでポカンとした顔してて、何が起こったんか認識出来てへんようやった。

「え、えと。」
「はよせぇ。屋上まで行くで。」

俺はに有無を言わせへんかった。
こーでもせんかったらこいつは絶対動かへん。

も自分に選択権があらへんことを悟ったんか、躊躇しながらも自分の弁当と水筒を掴んだ。

「ほな、行こか。」

言うたら、は素直について来る。


そんでそのまま屋上にを引っ張ってきた俺は、さっそく一番涼しいトコを陣取って昼飯にした。
はやっぱり吃驚してたけど、俺が(さそ)たら隣に座って自分も飯にかかる。

しばらくはどっちも何も喋らんかった。

は俺の方を見ようともせんと、自分の弁当箱に目を落としたままやった。
俺は俺で、そんなに何を言うたもんか全然わからへんから黙って飯を食うしかない。

一体、俺は何をしてるんやろか。いや、何がしたかったんやろか。

を教室から連れ出して、元気でも出させよう思たんか?

せやけど、わざわざをこんなとこまで引っ張り出したってどっちゅうことないやん。
今かて俺が慣れへんことさしたせいで困ってるみたいやし…。

「忍足。」

俺が1人グチャグチャ考えてたらが口を開いた。

「ありがと。」
「!?!?」

メッチャダサい話やねんけど、俺は突然言われたことに危うく口ん中の茶を吹き出すとこやった。

「何やねん、いきなり。別に礼言われるよーなことしてへんで?」

何とか茶を飲み込んで俺は言う。

「だってさ、」

は自分の弁当から豆をピッとつまんで口に入れる。

「気、遣ってくれてるんでしょ?」
「別に。たまには岳人とか以外とメシ食おかなぁって思ただけや。」
「それで私に声かけるあたり、やっぱり物好きだね。」
「物好きは自分やろ。」

俺は口を拭いながら言うた。

「何で?」
「何でて…」

自分、それはボケかなんかか?

「俺が言うた冗談真に受けて、そんで俺の為に手間かけてあんなめんどいモン作って
そない必死になってるトコが。何でなん?」
「何でって…」

言うの顔にサァッと朱がさした。

「知らないよ、そんなの。自分でも。」

一瞬、俺ん中をしょうもない期待が走ったけど、俺は何でもないふりをする。

「おお、今のお前の顔、おもろいなぁ。」
「アンタねー!」

は膨れてその顔を俺にグイッと近づける。
俺は勿論、笑いながらあっさりかわす。

「ちょっとは元気になったか?」
「あ。」

言うたらはまた顔を赤くした。

「もう、古典的な手を使ったりして…」
「俺かてまさかそないあっさり乗ってくれる思わへんから。」
「バカ…じゃなかった、アホ。」
「わざわざ言い直してくれて、おーきに。」

それからひとしきり、昼飯を食いながら2人でアホみたいに笑いあった。


† † † †


時間ちゅーのはあっちゅう間にすぎて、と昼休みを過ごした思たらもー放課後や。

今日も相変わらず暑ぅて正直部活サボったろかって思たんやけど、そんなんしたら後で色々とめんどいから
(俺様がウルサイとか、顧問に何言われるかわかったもんやないとか)一応出てる。

せやけど、一体どこで聞いたんか、今日俺がとメシを食うたんが気に入らん岳人が騒ぐし
それを止めてたら結局どっかの俺様に怒鳴られてグランド走らされた。

その上鳳には間違えて足踏まれるし、俺のドリンクに何かけったいなモン混ざってたし、散々や。

ギャラリーの女子連中は相変わらずキャーキャーキャーキャーやかましいし。

……あーあ、サボった方がよかったなぁ。

休憩時間の時、俺は手洗い場に行ってた。

暑ぅて頭おかしなりそうやし、騒がしいんはゴメンや。

とにかくあんまりにもあっついもんやから、頭から水でもかぶろか思て水道の栓に手をのばしたその時やった。

「ねぇ、どうするのよ、あれ。」

話し声がして俺は思わず固まった。
そっと後ろ振りかえったら、女子が数人、植木の陰に集まってる。

「どうするって?」
「いい加減、返してあげたら?あの子、今日も朝から探してたらしいわよ。わざわざ早起きまでしてさ。」
「何それ、バカみたい。そんなことしたって見つかる訳ないのに。」

キャハハハハハハ

……どうも俺は運悪く女子同士が陰口叩いてる現場に居合わせてもたらしい。
どーせ俺には関係あらへんけど、胸くそ悪い。

俺はいつものようにさっさとその場を去ろうとした。

「そりゃバカに決まってるわよ、だって相手はあのだし。」

突然聞こえた名前に、俺は足を止めた。

今…お前ら…何て言うた?

そいつらに気づかれへんように俺は素早く近くの木に身を潜め、様子を窺う。

「そうよね、変人No.1の だもんね。何であんなのが忍足君のお気に入りなんだろ。」
「珍しいだけじゃないの、だっての奴おかしいもん。一言も喋んないし、
何考えてんだか全然わかんないじゃん。」
「それじゃ、その内きっと飽きられるわね。ホンット馬鹿な奴。どうせ捨てられるのに
 わざわざ忍足君に何か作ったりしてさ。」

また奴らが笑う。こいつらはどないしたらそんな会話で笑えるんやろか。

どいつもこいつも…えーかげんにせーよ。

そんな感じで俺が一連の会話を穏やかならん心境で聞いてた時やった。

「で、話戻ってさ。」

1人が言うた。

「どうすんの?」
「ああ、これ?」

聞かれた方がスカートのポケットを探る。
そいつの手がポケットから出てきた瞬間、俺はあっ!と叫びそうになった。

その手の中にあったんは、青や水色のガラスの飾り玉が詰まったちっさい瓶。

勿論、誰のんかなんて言うまでもあらへん。

「返してやってもいいんだけどさ、何となく只で返したくないんだよねー。」
「あ、わかる。の癖に忍足君独占して生意気だもんね。」

……………………こいつら。もう、カンベンならん。

「じゃ、どーすんの?」
「決まってるじゃない。明日の放課後に呼び出して…」

俺は最早その台詞を最後まで聞く気なんかなかった。

「なるほど、自分らやったんか。」

 ザッ

んトコからビーズ持ち出したんは。」
『!!!!』

さっきまで元気に人の悪口言うてた奴らの顔があっちゅーまに蒼白になった。
こんだけクソ暑い日ぃや、涼しなって丁度ええんとちゃうやろか。

「ええ度胸しとるなぁ、俺がおるとこで散々の悪口言うて。」

言いながら、俺はそいつらに歩み寄る。

まさかこないなことになるなんて、っちゅー顔をしてる他の奴らを無視して
俺はの失くしモンを握ってる張本人の前に立った。

「お、忍足君…」

そいつはメッチャ怯えてるけど、生憎同情したる気ぃは全くない。

「返せや、それ。」

そいつを見下ろして俺は唸った。

「それはの大事なもんや。」

今こないしてこいつを見てる俺の顔はどんな感じなんやろか。
多分、には絶対見せられへんやろな…。

「な、何で…」

この期に及んでそいつは言うた。

「何で、そんなにあの子に構うのよ…あんなののどこがいいの…?」

 ドガアッ

俺は木にもたれとったそいつの顔面ギリギリのところに思い切り蹴りを入れた。

メッチャ問題ある行動やけど、今はそれどころちゃう。

「黙れや。」

俺はもっぺん唸った。

それで、充分やった。






次の日の朝、朝練が終わった俺は教室に入るなり真っ直ぐにの席に行った。

。」
「あ、忍足。おはよー。」
「……何や、まだテンション低いみたいやな。」
「朝はいつもだよ。」

は言うて窓の外に目をやる。

「で、鞄も置かないで朝からどしたの、忍足?」
「渡すモンがあるんやけど。」
「何?」
「こっち向いてみ。」

はゆっくりとこっちを向く。

俺は、ズボンのポケットから「渡すモン」を引っ張り出しての机の上に置く。

「……これ……!」

の目がまん丸になった。

「忍足、どうして…」
「見つけたから拾ただけや。」

わざわざこいつに昨日あったことを話す必要はないやろ。

「あ、あ、有り難う…」
「頼むで。はよ完成してや。」

はそれはそれは嬉しそうに笑た。

「絶対、いいの作るからね。」
「期待してるで。」

そんでは再び作業に取り掛かり、俺は、いつものようにの側に座り込む。

「大分出来てきたな。」
「この分だと、今週の土曜には出来上がると思うよ。」
「土曜と言わんともっとはよしてや。」
「ハイハイ、せかさない、せかさない。」

は言うて、ガラスの小瓶からビーズをこぼした。


† † † †


そんでその時は来た。

「おしたりー!!」

土曜日の朝、部室に向かう途中やった俺は背後から思い切り呼ばれた。

誰が呼んでるんかはようわかってる。

「おう、おはよーさん。」

俺は振り返った。

「またえらい朝早いなぁ。どないしたんや。」
「どうもこうも。」

は珍しくえらいニヤニヤしながら言うと鞄をしばらくゴソゴソやって何かを取り出し、
俺の手の上に乗っける。

俺は自分の手の中をマジマジと見た。

、これ…」
「出来たんだよ、昨日の夜に。早く渡したくてさ。」

早起きしちゃったよ、とはヘヘヘと笑う。

俺はうまく物が言われへんくて、ただただがくれたヤツを見てるだけ。

「何なん、これ…」

やっとそれだけ言えた。

「メッチャええやん…」

俺の手の中には、ストラップがあった。

青と水色と半透明のすりガラスのビーズで作ったそれは、ワイヤーで平たく繋がってて
綺麗な斜めの縞模様をなしている。
どこも歪まんとピシッとビーズが並んでてそれだけで凄いのに、よりによって
もっと芸の細かいことをしてた。

「ホンマ、自分器用やわ。」

俺は思わず笑いながら言うた。

3色の縞模様の中に、一際濃い青のビーズで"Y. OSHITARI"と文字が並んでるのを見て。

「気に入ってくれた?」
「当たり前やん。」

おずおずと尋ねるの頭を、俺はポスポスと叩いた。

「大事にするで。」

言って俺はもらったストラップを手早く自分のテニスバックにつける。
はよかった、と心底ほっとした様に笑う。

…………アカン、俺、どーもこいつのこと…………。

「あ、あのな、」
「?」
「いや、やっぱりええわ。」
「何、どうしたの?」
「ええってええって。気にせんといて。」
「??? 変なの。」

首を傾げるに俺は笑ってごまかしながら校舎に向かう。

は忍足、ボケたの?とか何とか失礼なことを言いながら後ろからついてくる。

「忍足が何か言いかけてやめたら何か企んでんじゃないかって誤解しちゃうかも。」
「阿呆か、お前俺を何やと思てんねん。」
「…何故伊達眼鏡なのか謎の人。」
「やかましわ。」

………まさか、朝から言える訳ないやろ。

『俺と付き合ってくれへん?』

なんて。

いくら俺でもTPOっちゅーもんはわきまえとるわ。
それに、まだ言うんは早すぎる気ぃするし。

そんなことは知らへんおんなじクラスの変わりモンは俺が黙ってるのを見て不思議そうにしてたけど
特に言及せんかった。

「忍足、今日も暑いんだって。」
「そうか。ほな、俺今日部活ないから一緒に帰らへんか?ついでにアイスでも食お。
 学校の近くにコンビニあるし。」
「いいね。ソーダのにしよかな、オレンジのにしよかな。」
「気ぃ早いなー、自分。あ、ちなみに俺の奢りな。」
「えっ?!」
「驚きすぎや。」

俺とはしょーもないことを言いながら、一緒に校舎まで歩く。


歩いてる間、俺はの鞄の上で例のビーズのストラップが揺れてるのを見た。
ふと、気になって自分のテニスバッグの後ろも見る。

大丈夫やな。

俺はこっそり微笑んだ。

ガラスの飾り玉で作った飾りは、落ちずにちゃんと俺のバッグについてた。

……………その色と同じように、涼しげに揺れながら。


THE END


作者の後書き(戯言とも言う)

撃鉄初の忍足少年短編夢です。

撃鉄の書くものはヒロインが変わり者で、相手役のキャラがそんな少数派の彼女達の味方という
関係が多いのは皆様御存知と思いますが、今回もそれが顕著に現れています。

いつもなら薫君に味方になってもらうところなんですが、今回は忍足少年にその役を頼みました。
というのも、薫君の次くらいに少数派と共に在ってくれるのは彼のような気がしたからです。

実際のところは何ともわかりませんが、せめて夢の中だけでも…

ちなみにタイトルの『ガラスの飾り玉』というのは広辞苑でビーズを引いたところ、

「室内装飾・婦人服飾・手芸品などに用いる、糸通し孔のついた小さな飾り玉」

とあったところから取りました。

他にも裏話を挙げると、キャラメルの銀紙で折り紙をしてたのは撃鉄自身の実話です。
また、ビーズ細工は撃鉄ではなく、猫商人がやっていたことがあります。

背景画像のビーズの瓶は猫商人が昔使っていたもので、
青い方の瓶は作中に出てくるビーズのモデルになりました。

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